01/06/2026
伊賀市の上野城は、関ヶ原の戦いの後、豊臣秀頼を擁する大坂方との決戦に備えて、藤堂高虎が改修させたものです。その理由は、大坂で徳川方が敗れた時は、この城に家康が籠城して戦うという戦略があったためと伝わります。徳川方にとって上野城は重要な拠点でした。
藤堂高虎は、上野城の改修の際、特に西側には力を入れ、本丸を西側に広げ、堀からの高さ約30mの壮大な高石垣を築きました。また、本丸には天守台を新築し、そこに五重天守の建設をはじめました。ただ、この天守は工事中に暴風で倒壊し、建設は中止されました。
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