歌舞伎町

歌舞伎町 歌舞伎町 Kabukichō, Tokyo 歌舞伎町(かぶきちょう)は、東京都新宿区の町名。現行の行政地名は歌舞伎町一丁目および歌舞伎町二丁目。全域で住居表示を実施している。
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27/05/2026

5月27日(水)、新宿プリンスホテル(25F FUGA)にて歌舞伎町商店街振興組合の令和8年度第65回通常総会が開催
杉山元茂理事長(すずや/杉山ビル社長)挨拶より

5月27日(水)、新宿プリンスホテル(25F FUGA)にて歌舞伎町商店街振興組合の令和8年度第65回通常総会が開催*組合員数208名に対し、本総会出席者数は36名、委任状数78名、合計114名。(よって、本総会は過半数を越え、議決の決定数...
27/05/2026

5月27日(水)、新宿プリンスホテル(25F FUGA)にて歌舞伎町商店街振興組合の令和8年度第65回通常総会が開催

*組合員数208名に対し、本総会出席者数は36名、委任状数78名、合計114名。(よって、本総会は過半数を越え、議決の決定数を満たしました)

歌舞伎町商店街振興組合は、その名の通り商店街振興組合法によって定められた商店街が形成されている地域、当該組織の場合は歌舞伎町一丁目地域を所管します。歌舞伎町に戦後間もなく設立された復興協力会からの流れが前身母体となって、振興組合法の施行年、昭和37年(1962年)に合わせて日本で最初に設立された商店街振興組合で、今年が65年目ということになります。現在は歌舞伎町一丁目地域内の地権者を中心に組織が形成されており、各テナント事業者は組合員としてではなく、町内各通り別の町会に所属することが前提となってきました。また歌舞伎町にはその他各同業組合等もありますが、町会やそれら同業組合などの横断組織としての意味合いもあります。歌舞伎町商店街振興組合は二棟の建物・土地(歌舞伎町商店街振興組合ビル、弁天堂ビル)を持つ地権者でもあります。歌舞伎町商店街振興組合設立当初に組合員からの出資によってこれら資産を形成、現在に至り、賃料等事業収益が組合活動の予算の大半を賄っています。

第1号議案
令和7年度事業報告書
自令和7年4月1日
至令和8年3月31日
令和7年度は、歌舞伎町商店街振興組合に尽力され、人とのつながりを大事にしていた片桐基次名誉会長が逝去され組合も深い悲しみに包まれた年でした。
さて、令和8年の干支「午」は、力強く駆ける姿から]閏進」「飛躍」「スピード感」を象徴し物事が大きく動く年と言われています。この一年間、私たちも未来に向かって安全で安心な歌舞伎町のまちづくりを進めていきたいと考えています。
今年の年明けは穏やかな晴れた日が続いたお陰で歌舞伎町も人通りが絶えることなく、日本人だけでなく外国人旅行者も街を賑やかにしてくれました。
歌舞伎町では令和7年春に市川圃十郎氏の歌舞伎公演を昨年に続き2回目を上演しました。この上演により多くの方々に「歌舞伎町大歌舞伎」を楽しんでいただきました。一方で、人が集まることにより広場周辺に集まる「トー横キッズ」またその周辺者の問題、違法放置ゴミの問題、凋欠舞伎町のイメージを損ねる事案があることも事実です。
これらを払拭するため組合では、防犯パトロールの拠点でもある青灯交番(安全ステーション)の改修工事を行いました。これからも安全・安心・環境部会による防犯パトロールや自衛消防訓練、まちのイメージ向上のための事業・街活性化部会によるイベントの開催、組合に係る人材育成のための組合行事や、組合事業の対外的な発信を行う総務・情報部会、組合資産の管理を担う財務部会の計4部会の活性化を図ってまいりました。まだまだ課題は多くありますが、今後もまちの未来を見つめ、諸問題に行政とも連携して取り組んでまいりますので、皆様のご理解とご協力をお願い申し上げます。

第3号議案
令和8年度事業計画
自令和8年4月1日
至令和9年3月31日
このまちを「歌舞伎町」と名付けた先人達の悲願であった歌舞伎のお練りならびに公演が、時を超えて実現したことで歌舞伎町の新たなコンテンツとして定着していくことを期待しています。また、外国人観光客を中心に来街者が増加していますが、これまで通り「誘客」を推進するだけではなく、来街者が安全で安心に過ごすことができるようにするために、組合として何が出来るのか検証していく必要性を感じています。引き続き下記記載の5事業を中心とした事業を進めて参ります。
詳細につきましては以下のとおり計画いたします。

事業計画 (事業費計 86,840,000)
(1) 共同宣伝事業 (24,700,000)
①地域活性化に関する事業
・来街者及び外国人観光客に対するコンシェルジュ事業
・動画制作を通じた新たな媒体による広報活動
・TMO主催イベントの後援・協力
②ポータルサイトの更新管理
③老朽化した街路灯の建替•更新

(2) 環境浄化・美化事業 (17,200,000)
①地域安全・安心に関する事業
・地域安全安心ステーションの維持・管理
・防犯パトロールの継続的実施(悪質客引きの撲滅等)
・違法看板の是正指導(合同監察への参加)
・消防地域協定に基づく防火防災意識の向上を求める活動
(自衛消防訓練、合同防火訓練、地域防災活動)
・美化推進活動(定期的な清掃活動及び各種清掃団体への支援)
・その他参画各種協議会への協力活動
②食品衛生管理活動

(3) 振興事業 (2,500,000)
①各商店会活動促進に対する支援協力活動
②部会並びに委員会活動の促進
③関係各団体への支援協力活動
(4) 組合ビル管理費 (39,060,000)
(5) 弁天堂維持事業 (1,980,000)
・弁天堂ならびに弁天堂ビルの美化及び維持管理
(6) 福利厚生事業 (1,400,000)
・勉強会、親睦会などの実施

歌舞伎町のど真ん中でホストが日本舞踊を舞う!「好色一代男」ファンクラブ開設披露興行-2026年5月27日@東急歌舞伎町タワー演目は「浦島」「波の上」「松づくし」・・上方舞山村流師範・山村若静紀先生のもとで、歌舞伎町ホストクラブグループ・Sm...
27/05/2026

歌舞伎町のど真ん中でホストが日本舞踊を舞う!「好色一代男」ファンクラブ開設披露興行-2026年5月27日@東急歌舞伎町タワー

演目は「浦島」「波の上」「松づくし」・・上方舞山村流師範・山村若静紀先生のもとで、歌舞伎町ホストクラブグループ・Smappa!groupのホスト有志たちが一昨年の6月から、毎週、出勤前に稽古を重ね、すでに2回の舞ざらえ(発表会)を開催。そして今回は、ここ東急歌舞伎町タワーの新宿カブキhall内「FIRST STAGE」にて舞いました。
ファンクラブ開設のお披露目イベントってことにようです。

きっと、こういう学びがホスト一人一人の所作の美しさにつながればよいのではないか。
と、日本文化を学ぶというのも大事。格式高い「文化」とはいっても継承者不足は否めないと思います。言い出しっぺは手塚マキ。そこを買って出て名取を目指すのならそれもよいかもしれませんね。

いつも一緒にゴミ拾いをしてる愛海や承太郎くんたちの舞。
次回は、6月23日から28日まで、[第3回 好色一代男舞ざらえ]は新宿歌舞伎町能舞台で開催とのことです。

撮・記: 寺谷 公一

26/05/2026

5月24日(日) 令和八年度新宿花園神社例大祭/神幸祭 本社・雷電神輿渡御より(午前9時40分 宮出し/午後7時30分 宮入り)Digest/9m53s

The sacred place of Shinjuku Hanazono shrine(5-17-3 Shinjuku)
The Birth of Naitoh Shinjuku
Shinjuku used to be called “Naitoh Shinjuku”, or “Tsuibun Shinjuku” which means “the new accommodation area built in front of the property of Naitoh mansion”.
The time when Naitoh bestowed Shinjuku,the area was quiet, and despite being right on the main street, had no hotels. At the time, the area with hotels was Takaido, about 10 miles away from Shinjuku.
This was inconvenient for people, so Kihei Takamatsu (headman of Abekawa town, Asakusa) applied to establish hotels on Naitoh family’s property in exchange for government payments in 1698. That is why it used to be called “Naitoh Shinjuku”.
Hanazono shrine,the land of blooming culture.
Back in the day Hanazono shrine was supposed to be a big village shrine, and many people would visit for the sake of their religious faith. When it needed a restoration due to the big fires in 1780 and 1811, they added a stage for plays and dance shows. This was the beginning of the performing arts culture of Hanazono shrine.
After World WarⅡ, the town where Koshu Kaido and Oume Kaido cross became a place of energetic spirits.
In Japan, the origin of the entertainment business is said to have come from the shrines. Hanazono shrine is not an exception.
http://hanazono-jinja.or.jp/

5月24日 令和八年度新宿花園神社例大祭/神幸祭 本社・雷電神輿渡御より(午前9時40分 宮出し/午後7時30分 宮入り)歌舞伎町は、かつての、淀橋区、旧角筈北1丁目の一部が現在の歌舞伎町1丁目(1948年)、旧西大久保1丁目が歌舞伎町2丁...
25/05/2026

5月24日 令和八年度新宿花園神社例大祭/神幸祭 本社・雷電神輿渡御より(午前9時40分 宮出し/午後7時30分 宮入り)

歌舞伎町は、かつての、淀橋区、旧角筈北1丁目の一部が現在の歌舞伎町1丁目(1948年)、旧西大久保1丁目が歌舞伎町2丁目(1978年)、四谷区旧三光町の一部が歌舞伎町1丁目1番地(1978年、現在のゴールデン街付近)からなっています。そうした旧町名ごとに、それぞれの神社の氏子となっています。旧角筈地区は新宿・十二社熊野神社、旧西大久保が鬼王神社、そして旧三光町が花園神社の氏子です。結果的に、歌舞伎町界隈では、これら3つの神社の祭りがあり、例大祭は、熊野神社・鬼王神社は9月、花園神社は5月に執り行われます。

花園神社の例大祭は、例年、5月の28日に一番近い土・日・月曜日に行われます。本年は「表の年」(※1年おき)、獅子頭や島田囃子を乗せた山車を先頭に、本社神輿と雷電神輿の二基が神社から靖国通り、新宿通り、明治通りを練り歩きました。
新宿の神輿で、ひときわ美しい花園神社本社神輿は、一度戦災で失われ、後に氏子のみなさんの尽力により昭和55年、35年ぶりに復活したもの。台座幅は110センチ、高さ3メートル、重量1500キロのかなり大きなものです。二基ある本社神輿のもう一基、雷電神輿。本年は23日(土)大祭、24日(日)神幸祭、宮神輿巡幸及び氏子町内神輿渡御、という日程。
また、境内に100軒からの露店がでるというのも花園神社のお祭りの特徴です。外国人観光客も多く、賑わっていました。今時、的屋のいる祭りも少なくなってきましたが、花園神社では秋の酉の市とともにこの賑わいもどこか懐かしく来街者に人気のようです。

The sacred place of Shinjuku Hanazono shrine(5-17-3 Shinjuku)
The Birth of Naitoh Shinjuku
Shinjuku used to be called “Naitoh Shinjuku”, or “Tsuibun Shinjuku” which means “the new accommodation area built in front of the property of Naitoh mansion”.
The time when Naitoh bestowed Shinjuku,the area was quiet, and despite being right on the main street, had no hotels. At the time, the area with hotels was Takaido, about 10 miles away from Shinjuku.
This was inconvenient for people, so Kihei Takamatsu (headman of Abekawa town, Asakusa) applied to establish hotels on Naitoh family’s property in exchange for government payments in 1698. That is why it used to be called “Naitoh Shinjuku”.
Hanazono shrine,the land of blooming culture.
Back in the day Hanazono shrine was supposed to be a big village shrine, and many people would visit for the sake of their religious faith. When it needed a restoration due to the big fires in 1780 and 1811, they added a stage for plays and dance shows. This was the beginning of the performing arts culture of Hanazono shrine.
After World WarⅡ, the town where Koshu Kaido and Oume Kaido cross became a place of energetic spirits.
In Japan, the origin of the entertainment business is said to have come from the shrines. Hanazono shrine is not an exception.
http://hanazono-jinja.or.jp/

撮・記/ 寺谷 公一

【告知】歌舞伎町のど真ん中でホストが日本舞踊を舞う!「好色一代男」ファンクラブ開設披露興行-2026年5月27日@東急歌舞伎町タワー歌舞伎町を拠点に活動するSmappa!Group ホストの日本舞踊グループ「好色一代男」の日本舞踊発表会。上...
22/05/2026

【告知】歌舞伎町のど真ん中でホストが日本舞踊を舞う!「好色一代男」ファンクラブ開設披露興行-2026年5月27日@東急歌舞伎町タワー

歌舞伎町を拠点に活動するSmappa!Group ホストの日本舞踊グループ「好色一代男」の日本舞踊発表会。
上方舞山村流師範・山村若静紀先生のもとで、2024年6月にお稽古をはじめてから、毎週、出勤前に稽古を重ね、2回の舞ざらえ(発表会)を開催し、このたび「好色一代男」のファンクラブを開設しました。
今回は、ファンクラブ開設のお披露目として、活動拠点である新宿歌舞伎町能舞台を飛び出して、歌舞伎町のど真ん中に位置する東急歌舞伎町タワーの2階 新宿カブキhall内「FIRST STAGE」で舞います。

日程:2026年5月27日(水)
時間:19:00開演 (90分予定 ※途中入退場OK)
会場:東急歌舞伎町タワー 2階 新宿カブキhall内「FIRST STAGE」
東京都新宿区歌舞伎町1-29-1
アクセス:西武新宿線『西武新宿』駅 徒歩1分、『新宿』駅 徒歩7分
予約:不要
参加費:無料 
※1人1品以上(ドリンク/フード)のご注文をお願いいたします
※お席は自由席です。

https://note.com/smappa_jpnbunka/n/nde0fe4c23948?app_launch=false

好色一代男とは?
「歌舞伎町から日本文化を」「刹那的に遊ぶ場所だけではなく、文化を創出し根付かせる場所を歌舞伎町に創り、育てたい」を標榜にかかげるSmappa!Group。
「かつて歌舞伎座を誘致する予定だった歌舞伎町において、花街の文化、伝統芸能、そして日本文化を嗜みとして一緒に楽しめるような存在になることがホストのひとつのあり方であり、役割である」「キャストの感性の幅を広げたい」というSmappa!Group会長であり好色一代男発起人の手塚マキの想いに上方舞山村流師範・山村若静紀先生にご共感いただいたことがはじまりでした。
名前の由来は、井原西鶴の小説処女作で、浮世草子の創始『好色一代男』(1682年)。 光源氏に並ぶ日本文学史上最大のプレイボーイと称される浮世之介の一代記で、『源氏物語』や『伊勢物語』を模しながら、雅俗を入り混じらせ、好き者の生き様を描いている本作。好色一代男も、世之介よろしく、より風流を会得して粋人になるぞという想いを込めて命名しました。

5月23日24日 新宿花園神社 令和八年度例大祭【日程】5月23日(土)午前11時 大祭式斎行        各町会神輿渡御5月24日(日)神幸祭 本社・雷電神輿渡御        午前9時40分 宮出し        午後7時30分 宮入...
01/05/2026

5月23日24日 新宿花園神社 令和八年度例大祭

【日程】
5月23日(土)午前11時 大祭式斎行
        各町会神輿渡御
5月24日(日)神幸祭 本社・雷電神輿渡御
        午前9時40分 宮出し
        午後7時30分 宮入り
(時間は前後する場合がございます)

露店出店数 約百軒(花園神社境内にて出店)
露店日時 22日(金)夕方~22時
     23日(土)正午頃~22時
     24日(日)正午頃~22時
     ※25日(月)には露店の出店はありません

歌舞伎町は、かつての、淀橋区、旧角筈北1丁目の一部が現在の歌舞伎町1丁目(1948年)、旧西大久保1丁目が歌舞伎町2丁目(1978年)、四谷区旧三光町の一部が歌舞伎町1丁目1番地(1978年、現在のゴールデン街付近)からなっています。
そうした旧町名ごとに、それぞれの神社の氏子となっています。旧角筈地区は新宿・十二社熊野神社、旧西大久保が鬼王神社、そして旧三光町が花園神社の氏子です。結果的に、歌舞伎町界隈では、これら3つの神社の祭りがあり、例大祭は、熊野神社・鬼王神社は9月、花園神社は5月に執り行われます。

花園神社の例大祭は、例年、5月の28日に一番近い土・日・月曜日に行われます。本年は「表の年」(※1年おき)、獅子頭や島田囃子を乗せた山車を先頭に、本社神輿と雷電神輿の二基が神社から靖国通り、新宿通り、明治通りを練り歩きます。

新宿の神輿で、ひときわ美しい花園神社本社神輿は、一度戦災で失われ、後に氏子のみなさんの尽力により昭和55年、35年ぶりに復活したもの。台座幅は110センチ、高さ3メートル、重量1500キロのかなり大きなものです。二基ある本社神輿のもう一基、雷電神輿。本年は23日(土)大祭、24日(日)神幸祭、宮神輿巡幸及び氏子町内神輿渡御、という日程。また、境内に100軒からの露店がでるというのも花園神社のお祭りの特徴です。今時、的屋のいる祭りも少なくなってきましたが、花園神社では秋の酉の市とともにこの賑わいもどこか懐かしく来街者に人気のようです。

The sacred place of Shinjuku Hanazono shrine(5-17-3 Shinjuku)
The Birth of Naitoh Shinjuku
Shinjuku used to be called “Naitoh Shinjuku”, or “Tsuibun Shinjuku” which means “the new accommodation area built in front of the property of Naitoh mansion”.
The time when Naitoh bestowed Shinjuku,the area was quiet, and despite being right on the main street, had no hotels. At the time, the area with hotels was Takaido, about 10 miles away from Shinjuku.
This was inconvenient for people, so Kihei Takamatsu (headman of Abekawa town, Asakusa) applied to establish hotels on Naitoh family’s property in exchange for government payments in 1698. That is why it used to be called “Naitoh Shinjuku”.
Hanazono shrine,the land of blooming culture.
Back in the day Hanazono shrine was supposed to be a big village shrine, and many people would visit for the sake of their religious faith. When it needed a restoration due to the big fires in 1780 and 1811, they added a stage for plays and dance shows. This was the beginning of the performing arts culture of Hanazono shrine.
After World WarⅡ, the town where Koshu Kaido and Oume Kaido cross became a place of energetic spirits.
In Japan, the origin of the entertainment business is said to have come from the shrines. Hanazono shrine is not an exception.

http://hanazono-jinja.or.jp/

4月19日(日)新宿花園ゴールデン街 桜まつり2026 開催4月19日(日)、新宿花園ゴールデン街桜まつり2026が開催されました。インバウンド人気もあって、過去一お店が多い今のゴールデン街(306店舗)、うち参加店舗は156店舗だったとの...
19/04/2026

4月19日(日)新宿花園ゴールデン街 桜まつり2026 開催

4月19日(日)、新宿花園ゴールデン街桜まつり2026が開催されました。
インバウンド人気もあって、過去一お店が多い今のゴールデン街(306店舗)、うち参加店舗は156店舗だったとのことです。
この日、参加店舗は通常営業とは違い、昼間から(15時開始~22時まで)ノーチャージでワンドリンク500円。という催し。主旨は、スタンプラリーなどを通じ、はしご酒をしてもらってお気に入りのお店やママさんマスターを見つけてもらおうっていうもの。ゴールデン街は花園一番街を境に南北2つの店舗組合がありますが、この春の桜まつり(新宿三光商店街振興組合主催)、夏の納涼祭(新宿ゴールデン街商店街振興組合主催)はそういう感じで開催されています。

なのですが、かつては知らない人にはやや敷居の高かったゴールデン街も今や、ちょっとした観光地化。日頃外国人観光客が大勢訪れているこの街に思うところはいろいろあるかと思いますが、こうしたイベントの時には観光地化でやや足の遠のいた大勢のかつての常連さんたちの顔をみるとちょっとほっとしたりもします。

スタンプ6個集めた方には記念品として特製ショットグラス(先着2,000名様)プレゼント!また、今回は参加店にて缶バッジも先着で5000名にプレゼント!、なんてこともやってました。

【新宿花園ゴールデン街 桜まつり2026】
日時:2026年4月19日(日)15:00 ~ 22:00 雨天決行
主催:新宿三光商店街振興組合
共催:新宿ゴールデン街商店街振興組合
特設サイト:https://sakura-fes.goldengai.jp/

記・撮: 寺谷 公一

小さな愛の物語ー豆判春画の世界ー 2026年2月14日(土)~3月15日(日)※計30日間、無休世界初!手のひらサイズの春画「豆判春画」のみで構成する展覧会 約300点を歌舞伎町で一挙公開「小さな愛の物語 ― 豆判春画の世界 ― 新宿歌舞伎...
14/02/2026

小さな愛の物語ー豆判春画の世界ー 2026年2月14日(土)~3月15日(日)※計30日間、無休
世界初!手のひらサイズの春画「豆判春画」のみで構成する展覧会 約300点を歌舞伎町で一挙公開

「小さな愛の物語 ― 豆判春画の世界 ― 新宿歌舞伎町春画展WA」を、2026年2月14日(土)~3月15日(日)に歌舞伎町にて開催。主催は歌舞伎町のホストクラブを経営するSmappa!Group。

「やばい、の語源知ってますか?」と手塚(主催のSmappa!Group会長)が言ってきた。
出川さんがいつも言ってる「ヤバイヨヤバイヨ」のやばい。「・・?」チコちゃんに叱られそう。
「江戸期、矢を射る遊び場だった「矢場」では、裏では売春が行われていて、そこからあそこは危ない、矢場(やば)いになったんですよ。」(※諸説あり)おや、一つ知識が増えた(笑)

そんな豆判春画が380点。小さいだけに、よくよく観察するのは老眼にはちときつい。虫眼鏡が必須、ということで受付ではLEDライト付き虫眼鏡が貸し出されていた。近づいてじーっと見ないと見えないからこそなのか、380のその一つ一つごとの小さな世界に吸い込まれていくようなトリップするような感覚を覚える。

NHK大河「べらぼう」を見てたのもあって、どこか気持ちの準備ができているというか、江戸時代の、どこかおおらかな社会の一面を感じた気がしてくる。
一方で、この絵がだれがどういう意図で発注したんだろうか?
とか描かれてる女性、江戸期どこもかしこも売春がはびこっていた時代、食うや食わずでやむなく?いやいや、これが体一つで一番ラクに稼げる仕事だったからとか、その背景とか。
流行りのお菓子、ファッション、「粋」とは?とか。
これSMSに乗るのかな・・・そもそも規制とか江戸時代の取締りとか法の概念とか、表現の自由とは?なぜ18禁?

大英博物館で春画展が行われた時は大盛況だったと聞いた。
大英博物館も最初は慎重に16歳以下入場禁止でスタートしようとしたが、結局保護者同伴なら可みたいな形になったらしい。最終的には3か月で8万8000人の動員があったそうだ。大絶賛だったそうだ。
現代日本の風俗感からは想像もできないほど、江戸は性に大らかだったのはよくわかる。
「春画と春画じゃないものの線引きってなかった。AVと映画みたいな線引きがなかった。歌麿も北斎も、みんなが描いてた。でも誰が描いたのかわかってない。そこらへんが、まだ芸術として昇華されてない。」
一方で、「江戸時代って、すごく歌舞伎町っぽいんです。できたての歴史のない町で、なんでもありで、みんな楽しんでる。危ない、怖いとか、でも一歩踏み込むと面白いじゃないですか。」と手塚。
「べらぼう」にもあったように人身売買が普通にはびこり、そういった表裏を想像すると、そういうところも歌舞伎町っぽい。歌舞伎町の経営者や仕掛け人たちには、春画の発注者のようにおそらく意図や思想を感じる部分があるが、一方で、例えばホストの一人一人、風俗嬢の一人一人はそれどころじゃない。食えて初めてアイデンティティだの思想だのと言えるみたいな。
人身売買や性搾取、現代でいえばやりがい搾取とかそういうものの上に一見華やかに見える文化や経済がまわってるような、歌舞伎町とかエロとかそういう世界の近くで長いせいか、380の小さな江戸にトリップしながら複雑な感情もわいてくる。光も一面だが、闇も表裏一体、そこら辺をどう思う?と問うと、「それは問いでいいんじゃないですか。ただ、絶賛されるべきもの、ではない。」とも手塚。

どうだろ、宣伝になったかな?
歌舞伎町のど真ん中で、江戸にトリップしてみて感じてください。

記・撮: 寺谷 公一

小さな愛の物語ー豆判春画の世界ー
新宿歌舞伎町春画展WA
https://www.smappa.net/shunga/

本展は、浦上蒼穹堂代表・浦上満氏蔵の、手のひらサイズの春画「豆判春画」約300点を一挙に公開する、世界で初めて豆判春画のみで構成する展覧会です。質・量ともに群を抜く浦上氏の豆判春画コレクションだからこそ実現した、かつてない規模での豆判春画展となります。出展作のうち約80点は、2015年に東京・永青文庫で開催された日本初の「春画展」(※)に出展された作品で、実に11年ぶりの公開。
会場は、「新宿歌舞伎町能舞台」と、現在休業中のホストクラブ「BOND」の二会場。
主催のSmappa!Groupは、能舞台やホストクラブを拠点に、日本舞踊や短歌、読書会などの活動を通して、「歌舞伎町から日本文化を創出する」取り組みを続けてきました。本展では、その文脈の中で、Chim↑Pom from Smappa!Groupの林靖高によるアートディレクションのもと、豆判春画の世界と歌舞伎町らしさを交差させ、新たな鑑賞体験を立ち上げます。
開催概要
会期:2026年2月14日(土)~3月15日(日)※計30日間、無休
時間:11:00~19:00(最終入場18:30)
夜間開館:毎週金&土11:00~21:00(最終入場20:30)
会場:2会場で開催

〇新宿歌舞伎町能舞台 ※受付は新宿歌舞伎町能舞台です
(〒160-0021 東京都新宿区歌舞伎町2-9-18 ライオンズプラザ新宿2F) 
〇BOND (元ホストクラブハコ、グッズ販売などもあり)
(〒160-0021 東京都新宿区歌舞伎町1-2-15歌舞伎町ソシアルビル9F)

■チケット価格
一般1100円、学生700円(当日精算のみ、学生証提示必須)
※障がい者手帳(有効期限内)をお持ちの方とその介添者さまは1名無料。
※本展は日付指定制を導入しています。オンラインサイトから「日付指定券」をご購入ください。
ArtSticker https://artsticker.app/events/112237
アソビュー! https://www.asoview.com/channel/ticket/q82DAjJm2X/ticket0000047717
時間指定はございません。ご都合の良い時間帯にご来場ください。
※当日に空きがある場合は、事前予約なしでご入館いただけます。ご案内は、ご予約の方が優先となりますので予めご了承ください。
※ご来館日に限り再入場可。
■18歳未満入場不可
※チケット購入時に年齢確認が必要です。
また、ご来場時に本人確認書類(マイナンバーカード、免許証、健康保険証など)のご提示をお願いする場合がございます。あらかじめご了承ください。

主催:Smappa!Group、株式会社ワインライス
特別協力:浦上蒼穹堂
監修:浦上満(浦上蒼穹堂代表、国際浮世絵学会常任理事)
学術協力:板坂則子(専修大学名誉教授) 確認中
協力:株式会社The Chain Museum、日本文化ラジオ、セバスチャン高木、齊藤直子、銀座 蔦屋書店
後援:新宿観光振興協会
協賛:HABUSH
メディアパートナー:給湯流茶道、青い日記帳、新宿眼科画廊

スタッフ
企画:手塚マキ(Smappa!Group会長)
アートディレクション/キュレーション:林靖高(Chim↑Pom from Smappa!Group)
プロジェクトマネージャー/キュレーション:本屋しゃん
プロジェクトリーダー:加藤伸一
企画協力:諸田皓一(モロタオフィス)
PR:相山華子(OFFICE-Hai)、皆本類、Smappa!Group
デザイン:Smappa!Group
グッズ制作:Kabukicho Information Center

10/01/2026

2026年1月9日 歌舞伎町商店街振興組合 令和8年 新年の集いより

2026年1月9日、京王プラザホテル(4F 錦)にて行われた、歌舞伎町商店街振興組合"新年の集い"より。
杉山 元茂理事長(とんかつ茶漬け・すずや社長) 新年のご挨拶

「皆様、新年あけましておめでとうございます。
今、執行部のメンバーをご紹介させていただいたんですが、冒頭ではあるんですけれども、本当だったら名誉会長の片桐さんもいらして、本当に明るい方だったので、組合としては寂しくなりましたけれども、頑張ってまいりますので、よろしくお願いします。ちょっと冒頭に新年早々失礼いたしました。(*1)

今年は暦の関係で年末からずっと年始にかけて長いお休みを取れた方もいらっしゃったんじゃないかと思います。
お正月、クリスマスの頃から、正月にかけましても、ご承知のように2日間ぐらい冷たい雨が降りましたけれども、穏やかな晴れが続いたおかげで、ここ歌舞伎町や新宿も年末年始ずっと人通り絶えることなく、今も日本人だけでなく半々ぐらいの感覚で、外国人旅行客の方も本当に街を賑やかしてくれておりました。
どちらかというと不安な種も尽きなかったり、油断していられない世相ではあるんですけれども、そういう中で新しい年が街としても迎えられたこと、賑わいをもって迎えられたことを大変ありがたいことだと思っています。

歌舞伎町では昨年春、市川團十郎さんの歌舞伎公演を一昨年に続き2回目として上演をいたしました。それで今年の春はですね、今度は市川中車さん團子さんの親子による歌舞伎の上演がシアターミラノ座で予定されています。
まあ、街の名前の由来とか、いろいろ先人たちの思いや歴史を鑑みますとですね、こうして歌舞伎町において歌舞伎公演が恒例となりつつ定着しつつあるというようなことを、大変ありがたいことだと思います。

歌舞伎町ではそんなことで、人の流れというか年末にはシネシティ広場でゴジラくんがですね、新宿観光大使に任命されて10周年という記念の盛大なイベントもシネシティ広場で開かれたりもいたしましたし、それだけでなくてもシネシティ広場や大久保公園ではですね、毎日のようにミュージック、ダンス、グルメ、そしてスポーツなどいろんなイベントが開催されています。そういう意味では、にぎわいというような意味では、インバウンド需要もそろそろ頭打ちという話もある中でですね、本当にコロナが明けてから順調には来ましたけれども、まあ賑わいの方はそろそろピークに近づいてきているのかなという気はいたします。
ということで、これからの歌舞伎町の課題と申しますと、やはりセーフティー、そしてクリーンな街を目指していきたいということになります。これが、だから、言うは簡単でなかなか難しいことだとは思うんですが、本当にそのセーフティー&クリーンということがですね、実感として街を歩いていても体感としてわかるような街に生まれ変わって、やはり歌舞伎町の持っているイメージをですね、刷新し上書きしていくというようなことが私たちの街にとって一番大事なことだと思っています。

ちょうど20年ほど前になりますか、当時中山区長がいらっしゃった時に、その頃いろいろな大きな火災とかもありまして、歌舞伎町が景気的にはもうどん底というか、昼間は人通りも途絶えたような時期がありました。その時、中山区長は先頭に立ってくださって、東京都やそして国というあらゆる行政機関の方を招集してくださいまして歌舞伎町の区役所でですね、新宿(歌舞伎町)ルネッサンス推進協議会という協議会を立ち上げていただきました。
活動はずっと続いてきておりますけれども、20数年が経ちですね、いよいよこのルネッサンス推進協議会の掲げた理念をですね、具現化する、本当にそういうふうに体感でわかるように実現する、そういうようなことがこれからますます大切になってくるのではないかと思います。(*2)

当、歌舞伎町の商店街振興組合、そして今日はメンバーの方も来ていらっしゃいますけれども、歌舞伎町タウンマネージメントと一体となりましてですね、官民挙げてこの歌舞伎町の再生というようなことをずっと言われておりますけれども、本当に一歩ずつでも目に見える形で進めてまいりたいと思います。それには、今日お集まりの皆様方のご支援やご協力、これからも本当に必要になります。

どうぞ改めまして、皆様のご指導、ご鞭撻を引き続きよろしくお願いしたいと思います。」

*1 片桐基次氏は令和7年6月7日没、享年76歳。
2009年に第7代目の歌舞伎町商店街振興組合理事長に就任、以来2022年まで12年にわたり理事長を務められ、歌舞伎町の街づくりに全力で奔走されました.

*2 歌舞伎町ルネッサンス推進協議会
女性初の23区区長に就任した中山弘子新宿区長が会長となって2005年に立ち上げた歌舞伎町対策の官民連携の協議会。
当時掲げた理念は以下。
《歌舞伎町「DNA」の継承》
【創生期:民によるまちづくり】
鈴木喜兵衛氏を中心とし戦災期、区画整理、産業博覧会(当初は歌舞伎劇場誘致)など実施。まちは復興、発展してきました。まちのDNA・遺伝子は、2つ創生されました。
・ 大衆文化・娯楽のまち
・ 民間主導の区画整理でつくられた「まちの構造」(中心と周辺)
【歌舞伎町ルネッサンス憲章】-歴史的背景、まちの文脈、蓄積に基づく官民一体となったまちづくり
Ⅰ 新たな文化の創造を行い、活力あるまちをつくります。
Ⅱ アメニティ空間を創造し、魅力あふれるまちをつくります。
Ⅲ 安全で安心なまちをつくります。
歌舞伎町のまちづくりコンセプト
・ 「協働」のまちづくり(誘導方針の将来像) エンターテイメントランド歌舞伎町の再生!
・ 「繁華街自治」のまちづくり(タウンマネージメント) 誰もが安心して楽しめるまち歌舞伎町
参照: 第5回歌舞伎町ルネッサンス推進協議会
https://kabukichorenaissance.seesaa.net/article/2007-11-04.html

記・撮: 寺谷 公一

本年もよろしくお願いいたします。

住所

歌舞伎町
Shinjuku-ku, Tokyo
160-0021

電話番号

03-3209-9291

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