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ひきこもり当事者団体「VOSOT」です。
VOSOTはVoice Of Survivors Of Trauma
(トラウマを生き残った者たちの声)
の頭文字を取りました。
facebookなどのSNSではアルファベットで団体名を登録できないため
別称「チームぼそっと」を掲げました。
VOSOTとチームぼそっとは同じ団体です。

弊団体VOSOTが令和7年度通常予算WAM助成事業としておこなった「『ひ老会』とその運営」の報告書はこちらの送付申込みから公開しております。
19/05/2026

弊団体VOSOTが令和7年度通常予算WAM助成事業としておこなった「『ひ老会』とその運営」の報告書はこちらの送付申込みから公開しております。

弊団体VOSOTは令和7年度通常予算WAMによって作成した報告書「『ひ老会』とその運営」をインターネットにて公開しております。送付ご希望の方は、このフォームに記入してご送信ください。

2026年5月16日、第84回「ひ老会」を開催いたしました。私たちVOSOTで開催しているイベントのうち、オンライン対話会4D(フォーディー)は国際色豊かであり、国外からも多くの参加者がいらっしゃいます。しかし、それに対してひ老会は、リアル...
17/05/2026

2026年5月16日、第84回「ひ老会」を開催いたしました。

私たちVOSOTで開催しているイベントのうち、オンライン対話会4D(フォーディー)は国際色豊かであり、国外からも多くの参加者がいらっしゃいます。しかし、それに対してひ老会は、リアル対面で開催している形態のために、どうしても日本人の参加者だけで占められる傾向がありました。

ところが、この回は奇しくも3人の方が韓国から参加され、体験談を語り合うシェア・ミーティングの時間も通訳を介して国際的なものとなりました。
3人とは、まず一人目が日本への留学生Aさん、二人目はひきこもりの兄弟姉妹で韓国は江原道(カンウォンド)という自治体で初めての当事者会を運営されているBさん、そして三人目は江原道から派遣されてきた記者のCさんです。

昨年9月に、私は京畿道(キョンギド)という自治体からお招きいただいて水原市(スウォンシ)という所で講演させていただいたことがあったので、その北東隣にある江原道のことも少しイメージがわきました。

外国のひきこもりのお話を聞くたびに思うのですが、ひきこもりに到るまでの経緯や経過、ひきこもっている様子は、驚くほど日本と同じです。
よく、日本でひきこもりが生み出されるのは日本の社会が悪いためだ、という人々がいますが、そういう人々の多くは自分たちの理論が崩れ去ってしまうことを恐れているのか、海外の事例と謙虚に向き合おうとしません。

もしひきこもりを社会問題としたいのなら、日本社会だけに窄めた狭い視野で考えるのではなく、地球上の多くの国々でひきこもりや孤独孤立が問題になっているこの現代という時代を巨視的に考えなくてはならないことでしょう。

さて、ひきこもりに到るまでの経過や態様が同じであっても、やはりそれぞれの国において文化や国民性が微妙にちがうので、当事者活動にも小さな違いが出てくるようです。
Bさんは、ひ老会で発言する日本の参加者の皆さんが、苦しい体験談も冷静に淡々とした口調で語るさまを見て、深い印象を受けていました。
「韓国では、参加者たちはみな語りながら怒ったり泣いたりしてしまうのです」
とのこと。

怒りは、その場にいる他の参加者たちに向けられるようであれば、好ましいものではないかもしれません。たとえば、どこの国でも男性のひきこもり当事者にとってモテないということは切実な悩みであるようです。しかし、それを本人の自己改造の努力不足を棚に上げて、
「韓国の女性はみんな見る目がないから、自分はいつまでもモテないままで、それゆえに働く気にならないのだ」
と理屈づけて、目の前にいる女性たちに怒りをぶつけてくる男性参加者に閉口している、とBさんはおっしゃいます。
私に言わせると、それはなにも韓国特有の現象などではなく、日本でもそういうタイプの男性参加者はいます。怒りの矛先が「韓国の女性」でなく「日本の女性」に替わるだけの話です。

しかし、当事者会で涙を流す参加者についてはどうでしょう。
誰の迷惑になるわけでもないし、私はまったく問題だと思わないとお答えしました。
たしかに一般的な国民性として、韓国の人々は感情が激しく、日本人は感情表現に乏しいといった傾向があり、それが反映されている部分もあるのでしょう。

けれども、「涙を流せる当事者会」「泣ける当事者会」というのはすばらしい場だと思うのです。それだけ参加者が安心して自分の感情を解き放っている証拠です。

日本では逆に当事者会というと、自分だけ雰囲気を湿っぽくしてはいけないと気を遣い、参加者たちがカラ元気で陽気にふるまうところがたくさんあるようですが、そういう小さな無理をしなくてもよい空間がほんらいの当事者会だと私は思うので、むしろその点は韓国の当事者会に見習い、ひ老会も「泣ける当事者会」をめざしたい、と申し上げました。

2026年5月2日(土)オンライン対話会4D(フォーディー)を開催しました。今回のテーマは「ひきこもりが流行を斬る」。挑発的に見せたタイトルですが、いま世の中で「当たり前」とされている価値観や空気を、ひきこもりという立場からあらためて見直し...
06/05/2026

2026年5月2日(土)
オンライン対話会4D(フォーディー)を開催しました。
今回のテーマは「ひきこもりが流行を斬る」。

挑発的に見せたタイトルですが、
いま世の中で「当たり前」とされている価値観や空気を、
ひきこもりという立場からあらためて見直してみる、
そんな時間を企画しました。

ひきこもっていると、とかく世間から置いていかれます。
しかし、ひきこもりの目から見ると、
置いていかれた方がむしろ人間的に豊かになれるともいうべき、
無用な流行が世間にはあふれているものです。

さて、当日に参加者の皆さんから話題に上がったのは、
・ルッキズム
・男性の女性化
・女性の男性化
が最も多く、ついで
・AI進化の加速
・新語
などが続きました。

今回のみならず
国内外のひきこもり当事者が集まる4Dにおいて
「ルッキズム」が頻繁に語られるのは
まだ若いひきこもりは人一倍、
自分の見た目を意識しているからであるのか
それとも内面的な人間性に自信が持てないからなのか
深めて考えてみる価値はありそうです。

肉体的容貌に注視したルッキズムのみならず
SNSなどへの「見せ方」の巧拙によって
疎外される者はますます疎外されるという
格差の拡大も話題にのぼりました。

ついでAI進化の加速では
AIが発達していくほどに
ますます人間の労働力が要らなくなることが
そのまま自分が就労できる可能性の縮小につながる
といった焦りも語られました。

これはひきこもりが内に抱える葛藤を
如実に語るものでもあります。

つまり、
もし働く気がないのなら
世の中の仕事がどんどんなくなっていくことに
焦りを感じる必要はないはずなのに、
それを感じるということは
自分の有用性を世界に示すために
まだ潜在的に自分が就労する可能性を
捨て去っていないからだ、
と考えられるからです。

またテクノロジーの進化ということでいえば
日本でもようやく支払方法が急速に電子化しており
しかもまだ過渡期であるために
たえず現金とQR決済と交通系カードの
3つを用意していないといけなくて、
昭和の昔はお金さえ持っていれば何でも買えたのに
不便な世の中になったものだ、
という話も出ました。

ついで「新語」について。
いつの時代でも、どの言語でも
わけのわからない略語を吹聴することによって
まるで自分が新しい概念に通じているかのように
自慢する人間というのがいるものですが、
日本語の場合はとかく
略語は4文字のカタカナであらわされる
という話になりました。

わけのわからないカタカナ4字がネット上にあふれ
知らなければ馬鹿にされるため
必死に追いついている、
こうしてネット依存、SNS廃人などが量産されている、
というわけです。

 *

こうした焦りの数々は、
いわゆる「働いている人」も持っているのかもしれませんが、
質の悪いひきこもり生活をしている当事者は
「自分は何もしていない」
という焦りが根底にあるので、
そのうえに上述のような焦りが積み重ねられて
いよいよ何かに追い詰められていくのではないでしょうか。

たとえ働いていても
何か自己実現的なことをしていないと不安になる
現代社会のなかで、
ひきこもりはあえて立ち止まっているという特権を持ち得るのだから
ひきこもりの視点は、
むしろ流行の“前提”そのものを問い直す力を持っているのではないか、
と思われます。

「流行に乗れないこと」
を単なる遅れや無能としてではなく、
距離を取れる位置にいるからこそ見えるものがある、
という言葉も共有されました。

4Dは、結論を出す場ではなく、
それぞれの立場から自由に言葉や経験を持ち寄る場です。
今回もまた、簡単には答えの出ないテーマだからこそ、
いくつもの視点が重なり合う対話となりました。

ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。

2026年4月4日、弊団体主催のオンライン対話会「4D(フォーディー)」を開催しました。今回のテーマは「ひきこもりと自由意志」です。参加者は30名、全員がひきこもり当事者・経験者であり、今回は家族や支援者のすがたは見られませんでした。「自由...
10/04/2026

2026年4月4日、弊団体主催のオンライン対話会「4D(フォーディー)」を開催しました。今回のテーマは「ひきこもりと自由意志」です。参加者は30名、全員がひきこもり当事者・経験者であり、今回は家族や支援者のすがたは見られませんでした。
「自由意志」はもともと哲学の概念であるため、議論は極めて哲学的な深まりを見せることとなりました。
1. 因果論と「ひきこもり」の問い

哲学における「因果論」では、自由意志は人間が「ある」と思い込んでいるだけの幻想にすぎない、と見なす立場があります。
「すべては事前に決定されており、人間が『自分の意志で決定した』と感じるよう、外部環境によって事後的に整えられているに過ぎない」
という考え方です。 しかし、この視点だけでは「人は自由意志でひきこもりになるのか」という問いに十分な答えを出せません。因果論に従えば、
「人は、自らの意志でひきこもりになるよう環境が整えられているのか」
と問いの形が変わるだけであり、結局は
「ひきこもりという状態は、本人の選択なのか」
という問題に立ち戻らざるを得ないからです。
2. 生成過程における「なる」の特異性

ひきこもりになったプロセスは多岐にわたりますが、
「ひきこもろうと意図して、そうなったわけではない」
という一点においては、多くの当事者に共通する現実があります。
「ひきこもりになる」という生成過程を能動態(自動詞)で表現する際、その「なる」という行為には本人の自由意志が介在していません。これは文法的に見るととても特異な事象ではないでしょうか。

もちろん、ひきこもりの多様性は強固であり、この「意図しない移行」すら普遍的とは言い切れません。例えば、日本文化に憧れ、アニメの登場人物に自己投影することで意識的にひきこもりを選択した海外のひきこもり当事者も存在します。彼らにとって「ひきこもりになる」ことは一種の自己実現であり、望まずしてその状態に陥り苦しんでいる多くのひきこもり当事者とは、その後の精神状態も根本的に異なると考えられます。
3. 「中動態」としてのひきこもり

では、ひきこもりでない状態からひきこもり状態への移行をどう捉えるべきか。
ここで有効なのが「中動態」的な解釈です。
「生まれる」という現象が、本人の意志による達成ではなく、能動でも受動でもない「中動態」として捉えられるのと同様に、「ひきこもる」という過程もまた、自由意志が介在しない中動態として考えるべきではないか、という議論です。

一方で、西洋諸語で「生まれる」が受動態で表現されるように、ひきこもり「社会によってひきこもらされた」という受動の文脈で語る人々もいます。激しいパワハラや社会的なバッシングに対する心理的反応としてひきこもった場合、その表現は一定の妥当性を持ちます。

しかし、すべてのひきこもりにこの受動的な「被害者性」を当てはめる言説には大きな危惧があります。被害者としての発信が、周囲からのケアや支援リソースを得るための「弱者特権」として乱用されれば、社会全体に弱者一般に対する抽象的な不信感を募らせ、かえって弱者バッシングが助長されるリスクを孕んでいるからです。
4. ひきこもり継続は「消極的選択」か

「ひきこもり始めた」のが自由意志による選択でないとしても、「ひきこもり続ける」ことはどうでしょうか。 今日ひきこもっている人が、明日もひきこもることはどうなのでしょうか。
私自身、ひきこもり当事者としての実感では、それは「慣性の法則」に近いものです。何かを変えるのにはエネルギーが要る。そのエネルギーの供給が外部からないとき、べつに「続けよう」という自由意志を持っていなくても、自動的に継続してしまう、といった感覚です。

ハローワークへ行っても仕事は「ない」、働いても満足はでき「ない」、どうせ続か「ない」……。こうした無数の「ない」によって選択肢が削ぎ落とされた結果、いわば否定の集積のあと最後に残った「現状維持」という選択肢に帰着する。これが「明日もひきこもりである」という状態へと移行します。
ひきこもり当事者としては不本意ながら、この帰着を哲学的には「自由意志」によるものと認めざるを得ません。私たちは赤ちゃんとは異なり、すでに大人の思考能力を持ち、意志を行使できる主体だからです。

「社会にひきこもらされている」と断言する方が、外部に責任転嫁ができる分、精神的には楽かもしれません。ひきこもり界隈の共感も得やすく、ひきこもり界隈という共同体への所属欲求も満たされることでしょう。しかし、その代償として、自らの生の本質を突き詰め、世界と対峙しながら苦しくても「生きている」という実感を味わい尽くすチャンスを、自ら放棄することになってしまうのです。

では、受動態の思考はいったん横へ置いて考えてみましょう。
会社には勤め「ない」。社会へは出「ない」。働か「ない」。……といった具合に既存の選択肢を片っ端から採用しなかった結果、ひきこもりに「なる」という選択をすることになった、というのが多くの当事者に共通しているプロセスだと思われます。その場合「ひきこもりになる」という選択は、選択というのも愚かしいぐらい「ない」という否定の集積であり、積極的な選択ではありえません。いわば、積極的な選択とは別物の何かである消極的選択、否定的選択ともいうべきプロセスです。
人間の世界に生じる多くのトラブルは、ここで積極的選択と消極的選択が一元的に一つの「選択」という行為に収斂ないしは混同されることから発生しています。
もし、選択という行為が自由意志の行使によってなされるものならば、積極的選択と消極的選択のどちらにも等しく一つの自由意志という何かが働いていることにされてしまっているのです。
5. 自由意志の科学と「責任」の所在

それでは、じっさい「自由意志」という一つの現象があるのでしょうか。それとも積極的選択と消極的選択では、神経生理学的に人間の体内で起こる現象は別物なのでしょうか。
近現代の科学は、この点にさらなる難問を突きつけました。神経生理学者ベンジャミン・リベットの実験によれば、人が何かを「意志」するよりも前に、脳の神経レベルで行動の準備が始まっていることが示されました。 科学的な還元主義に立てば、自由意志の実態は捉えられず、積極的選択と消極的選択を区別する根拠も見当たりません。

では、いっそのこと「自由意志など存在しない」と割り切ってしまったらどうでしょう。
ここで問題になるのが「責任」です。人は誰でも、「できるだけ責任は取りたくない」と思っているのではないでしょうか。好んで責任を引き受ける人は、引き受けることから生じる報酬がほしいためにそうしているだけであって、責任を負う行為そのものを好んでいるからではありません。とくに、責任の取らされ方が理不尽に重い案件に対しては、人は正常な判断のもとに進んでその責任を背負いこむことはしないはずです。

自由意志は、責任というものがなければならないため、その裏返しとして存在している側面があります。いいかえれば、もし自由意志というものが人間世界からなくなってしまったら、どこに責任の所在を求めてよいかわからず、それで責任がどこにも求められないとなると、物事は先へ進まなくなってしまいます。いうなれば、自由意志が否定されれば、責任の所在が消滅し、近代社会のシステム自体が崩壊してしまうのです。
6. 「自律」の前提として

昨年、厚生労働省から発表されたひきこもり支援ハンドブックでは、ひきこもり支援のゴールは「自律」であると定められました。ほんらいの日本語では、「自律」とは自らを律するというたいへん厳しいことを意味するわけですが、ひきこもり支援のゴールが「自律」と発表された流れでは「自律は衝動」などとする、「自律」も「衝動」も原義を踏まえていない解釈が唱えられ、自由の開花のような開放的なベクトルに内在する精神の動きを「自律」と称しているふしがありました。

そのように自らに都合よく「自律」を解釈するにせよ、あるいは原義に忠実に自らを戒める厳しい概念として「自律」を唱えるにせよ、いずれにしても「自律」を発動させるのは自らの意志であり、もともと「自由意志」の問題を考えなくては「自律」については語れないはずだったのです。しかし、昨年は
「まずはひきこもりと自由意志について考えてみよう」
というような動きはほぼ皆無でした。
今回の4Dは、いわば一年遅れてやってきた開催だったとも言えるでしょう。

2月21日(土)、練馬区立光が丘区民センターにて*第3回練馬区ひきこもり問題合同相談会*を開催いたしました。今回は地元練馬区に加え、東京都にも後援していただき、心強い体制での開催となりました。「ひきこもり合同相談会」というイベントは各地で開...
24/02/2026

2月21日(土)、練馬区立光が丘区民センターにて*第3回練馬区ひきこもり問題合同相談会*を開催いたしました。
今回は地元練馬区に加え、東京都にも後援していただき、心強い体制での開催となりました。

「ひきこもり合同相談会」というイベントは各地で開かれていますが、私たちの「練馬区ひきこもり問題合同相談会」は、著名な専門家を招いて講演を行い、その後は支援者同士の交流会にする、といったいわゆる「人寄せパンダ方式」にはしていない点に特徴があります。したがって、著名な先生による基調講演はありません。

その代わり、前半では当事者の生の声を来場者の皆さまに直接聞いていただき、後半ではそれを踏まえて「どのような支援のかたちがあり得るのか」を参加者全体で考えていく構成としています。

困りごとを抱えて来場される方には、参加申込の時点で相談内容を事前にうかがい、その分野に適した専門家を主催者側で当日配置しています。そうした意味でも、本企画は単なる当事者シンポジウムではなく、その名のとおり「合同相談会」なのです。

3回目となる今年も、東京都内はもとより、埼玉・神奈川・千葉などの近県、さらには静岡・愛知・滋賀といった遠方からもご参加があり、計63名の方にご来場いただきました。おかげさまで大変な盛況となりました。

来場に要した時間については、約半数が「1時間以内」と回答されましたが、「3時間以上」という方もいらっしゃいました。これは、ひきこもりに関する相談ニーズが決して「地域」という枠内に収まりきるものではなく、たとえ遠方であっても、自分にとって意味のある場であれば足を運ぶという来場者の姿勢を示しているのではないでしょうか。

「地域で支えるひきこもり」というコンセプトは、しょせん行政の都合から生じたものにすぎず、当事者や家族の実感とはずれてしまうことがあります。ひきこもり関係者は、実際には「地域だから」という理由で動くのではなく、「必要だから」動くのです。主催者としてもその現実に応えるべく、今回のイベントは「練馬区ひきこもり問題合同相談会」と銘打ちながらも、「練馬区民でない方もご参加いただけます」という点を明確に打ち出しました。

一人ひとりの相談時間を十分に確保しようとすると、どうしても枠数は限られます。そのバランスを考え、無料相談枠を20枠ご用意しましたが、開催一週間前には満員となりました。申込時期の関係で相談枠に入れなかった皆さまには、あらためて深くお詫び申し上げます。

来場者のうち39名からアンケート回答をいただき、そのうち7割以上の方が「満足」とお答えくださいました。

希望された相談内容を分野別に見ると、最も多かったのは「親亡き後のこと」、次いで「家族関係・家族問題」、3位が「障害年金・各種制度」でした。そして4位には、「さまざまなことがモヤモヤしており、相談内容を分野に分けられない」という選択肢が入りました。

この「分けられない」という回答こそ、ひきこもり問題の複雑さと切実さを象徴しているように思われます。

2025年12月13日、弊団体主催のオンライン対話会「*4D*(フォーディー)」を開催いたしました。 今回のテーマは、参加者の切実な声から選ばれた*「ひきこもりが物価高を乗り切るには」*でした。📌 2025年、ひきこもりを直撃する物価高騰の...
03/01/2026

2025年12月13日、弊団体主催のオンライン対話会「*4D*(フォーディー)」を開催いたしました。
今回のテーマは、参加者の切実な声から選ばれた
*「ひきこもりが物価高を乗り切るには」*
でした。

📌 2025年、ひきこもりを直撃する物価高騰の波

昨今の物価高騰は凄まじいものです。お米をはじめとする主食の値上げは、自炊ができない低所得者層が愛用する定食屋のメニューの値上げにまで波及し、かたや地球温暖化の影響で生産地が縮小したコーヒーやチョコレートなどの嗜好品まで、あらゆるものが値上がりしました。
お米も一時期の狂乱的な価格からは落ちたものの、値上がり前の1.5倍ほどで高止まりしているようです。

働いている人々であれば「インフレに伴う賃上げ」という期待があるかもしれませんが、収入のないひきこもり当事者にとって物価高は財布への直撃に他なりません。
また、親の年金からお小遣いを得ている当事者であれば、「物価が上がったから増やしてほしい」とは言い出しにくいものです。「働けるけれど働く気になれない」という葛藤を抱える当事者こそ、今もっとも経済的な窮地に立たされていると言えるでしょう。

これがもし「働いているけど収入が上がらず貧困に苦しんでいる」という立場ならば、経済の被害者という立場から自らの苦しみを語れば人々の同意と共感が得られることでしょう。
ところが、ひきこもりの苦しみというものは、「働いているけど」という経済的な「正義」で自らの被害者性を確立できないところにあります。つまり、一般の人々には、
「働いていないんだから経済的に苦しいのは当たり前。それがいやだったらどんな仕事でも働けばいい」
と切り捨てられてしまうことで自らの苦しみから被害者性を確立できないのに、その苦しみから脱せられないのです。

📌 「情報の格差」が「経済の格差」へ

都市部のひきこもりの中には、安売り情報を聞きつけて遠くまで自転車で買いに行っている当事者もいました。しかし、しょせん自転車で買いに行ける距離圏内も知れたもの。都市圏のひきこもりは貧乏で車を持っていないため、「安いものを求めてどこでも自由に」というわけにはいきません。

そこで重要になるのが「ネットで賢いお買い物」ですが、ここにはITスキルの壁が立ちはだかっています。
4Dに参加しているほとんどの当事者は中高年のひきこもりであり、中高年になればなるほどIT関係を苦手とする傾向は強くなります。
・Windows10から11への移行や、相次ぐOSのアップデート
・古いスマホでは最新のアプリがダウンロードできない「足切り」
・どの情報を信じ、どの機器を買い替えるべきかという相談相手の不在

といった数々の要因から、昨今はよけいにIT環境の変化に取り残されがちです。
インターネットが使いこなせない結果、支出を減らすための有用な情報にたどり着けず、図らずも「割高な買い物」をしてしまうという悪循環に陥っています。

📌 外出を阻む交通費の壁と、行政への提言

外出すると何かとお金がかかるので、ひきこもりは物価高になるとさらにひきこもる傾向があるようです。
居場所へ行こうにも、そこへ往復する交通費がかかります。これが払えないために居場所へ行くのをあきらめている当事者が少なからずいます。

弊団体では、私たちがやっているリアル開催の居場所「ひ老会」へ「行きたいのだけど、お金がないので行けない」という当事者には往復の交通費をお出しする、ということをやっております。

私たちは、この「居場所への交通費」を公的に支援すべきだと考えます。 たとえば生活保護受給者が居住自治体の外にある医療機関へ通う際の「医療移送費」が支給されるという仕組みがありますが、あれと同じように、居場所への通所費はひきこもりが社会とのつながりを維持するための「移送費」であるという考え方は十分に可能だと思われます。

📌 「管理」ではなく「ニーズ」に基づいた支援を

ひきこもり支援が地域を超えるために自治体の「広域連携」を促す声があるようですが、これではしょせんその連携ネットワークによって自治体が分類され、行政側の枠組みの整理に終わるだけで本質的な解決にはなりません。

「地域で支えるひきこもり」をほんとうの意味で超えるには、そのように行政の側から管理として地域をまたぐのではなく、被支援者の利便や希望からどこの自治体にもアクセスできる仕組みを整える必要があります。

これを「地方自治法を忘れたひきこもり支援」などと愚にもつかない批判する者もいるようですが、そもそもひきこもりの心性と地方自治の理念はまったく異なる文脈にあるものです。法律が現状に追いついていないのなら、その法律を変えていかなくてはならないでしょう。

しかし現状では、当事者から広域行政のひきこもり支援に対して発言権を持っている者は、ごく少数の恒久的な既得権益を持った限られた者に限られ、私のような一般当事者は意見を政治や行政に反映できない状態が続いています。この体制をもっと民主的なものへ変えていくことが急務であると思われます。

#ひきこもり #物価高 #デジタルデバイド #居場所への交通費 #地域を超えるひきこもり支援

01/12/2025
11月29日(土)鳥取県倉吉市の倉吉交流プラザにて、「長期高齢化したひきこもりに周囲は何ができるか ~ひきこもりと歳を重ねることについて考える~」と題して講演させていただき、ついで部屋を移して第2部として「出張ひ老会 in KURAYOSH...
01/12/2025

11月29日(土)鳥取県倉吉市の倉吉交流プラザにて、
「長期高齢化したひきこもりに周囲は何ができるか ~ひきこもりと歳を重ねることについて考える~」
と題して講演させていただき、ついで部屋を移して第2部として
「出張ひ老会 in KURAYOSHI」
を開催していただきました。

倉吉市は山陰の小京都とも呼ばれ、白壁や赤瓦の古風な街並みや、隣接する三朝温泉で知られる鳥取県中部の都市です。
今回はこちらの言いたいことを一方的にしゃべるのではなく、参加者の皆さまがお聞きになりたいことを事前にお聞きし、その内容に沿って講演全体を構成しました。講演全編が質疑応答だったわけです。

オフライン(会場)・オンライン(インターネット)ともに申込者は、ひきこもり当事者やご家族もさることながら行政関係の方、地元支援者の方が多かったため、「鳥取県のひきこもりの特徴は」といったご質問もありました。
「ひきこもりは多様で、一人ひとりちがいます」
と言ってしまえばそれまでですが、都市部と村落部でひきこもり当事者が暮らす環境に違いがある以上、それに規定される生活パターンや内的な世界観も違ってくる部分があるでしょう。

鳥取の県民性として、非常に礼儀正しくて性格はおくゆかしく、何事も控えめな傾向があるといわれています。もちろん個人差はありますが、私もここ数年、何度も鳥取県内にうかがうご縁をいただいて、それは確かなように感じています。となれば、人がひきこもりになる時にもそういう性格が作用する側面は当然出てくることでしょう。「中途半端で無様な形で表に出るくらいならひきこもっていたい」という方が多いのではないか、と思われるのです。

鳥取県は、県のひきこもり支援を統括するひきこもり生活支援センターが全国に先駆けてメールで相談を受け始めたことからも知られるように、ひきこもり支援に少なからず先進的な取り組みを行っています。
今でこそメールやLINEで相談を受けることは当たり前になっていますが、以前は相談といえば来所か電話でおこなうものであり、そしてそれはまた当事者にはハードルが高すぎました。
「メールで相談を受け始めたら収拾がつかなくなるのでは」
という懸念を乗り越えて、行政から委託された支援機関としてメールを採用するには勇気が要ったことでしょう。

生活支援センターの運営を請け負っているNPO法人鳥取青少年のサポートは、当初はご多分にもれず青少年のひきこもり支援に力を入れていましたが、時間が経つにつれ中高年のひきこもりへと支援対象の比重が移ってきました。作業所として運営してきたお菓子工房は発展を遂げ、デパートの地下に並べても遜色ないくらいのクオリティーを持った商品を生産しています。またこの作業所から独立して何人も自分のコンフェクショナリーやパティスリーを持った引きこもり経験者の方もいるとのこと。

講演を始める直前にスライドが映らなくなると言うアクシデントがありました。もしかしたら私がどこか変なところを触ってしまったために起きたのかもしれないのですが、私もこうした機器類に関してはそんなに初心者でもなく、いまだに原因は不明です。アダプターを交換したり、シールドを変えたりしましたが解決せず、結局パソコン自体を別のものに替えて15分遅れで始まりました。

しかし、結果的にどのプログラムも短縮することなく、最後まで計画通りの時間を取りながら第2部の出張ひ老会まで進めていくことができました。

出張ひ老会は、参加者10名ほどを見込んでいたところ26名もの方にご参加いただき、「ひ老会」らしい静かな空気の中、皆さんが順番にご自分の不安、悩み、苦しみなどを語ってくださいました。本当は時間を延長してでも皆さまに最後まで思いのたけを語り尽くしていただきたかったのですが、会場撤退の時刻が近づいたため、やむなく終了させていただきました。

「ひ老会」という空間は、とかく「みんなしかめっ面をして、暗い雰囲気で、ダサい」などと批判を浴びることがあります。けれど、それはあまり深刻な悩みや苦しみがない地点からの批判ではないでしょうか。しかめっ面でよいのです。暗い顔でよいのです。おしゃれでなくてよいのです。見栄や外聞を捨て、装いを忘れ去った空間で安心して涙が流せる時間というものを、これからも全国で持ちたいと強く思いました。

翌々日には取材に来ていた日本海新聞に講演の様子が紹介されていました。

全国で7番目に小さい鳥取県ではありますが、米子市のような商業的な都市から日南町のような過疎の村落部まで、そのなかには生活空間に幅があります。
鳥取県に限らず都市的なエリアでは公共交通機関が発達していますが、村落部では車を持っていないと実質的に生活ができません。ところがひきこもりとなると「運転するのがこわい」「お金がないから車の維持費が払えない」などの理由で車を持っていないことが多いため、そのために家から外に出ないという結果になっている当事者も多いようです。
しかし、こういう当事者が外へ出ること自体を恐れているとは限りません。交通費さえ賄えれば、高速バスに乗り、自分の地域を離れて、東京や大阪など遠隔の居場所へ行くことができる方も多いです。
私が「ひきこもり支援は地域を超えるべきである」というとき、それは「自治体の広域連携」などといったことを意味しているのではありません。自治体が広域連携したところで、当事者はしょせんその連携した枠内で動くのにとどまり、自治体ないしは行政の都合が当事者の行動を規定していくことになります。
ひきこもり支援はもっと当事者主体でいいと思います。行政側の都合ではなく、当事者が自らの選択によってどこの自治体や居場所へ行こうともそれを可能にするような交通費の支給など、行政が背景に退いて後方支援に回る思考の転換が望まれます。
ところが、行政に発言できる当事者・経験者は極めて特権的な個人にかぎられ、私たち一般の当事者・経験者は行政や政治に発言できるルートがありません。結局は、現在のひきこもり界隈の抜本的な改革が求められる、という点に地方のひきこもり問題も集約していくのではないでしょうか。

【「ひ老会」に参加する交通費をお出しします】チームぼそっと(VOSOT)では、私たちがやっている当事者会「ひ老会」へ「行きたいけれどもお金がなくて行けない」という経済的に困窮しているひきこもり当事者の方々のために、11月22日(土)の第77...
11/11/2025

【「ひ老会」に参加する交通費をお出しします】

チームぼそっと(VOSOT)では、私たちがやっている当事者会「ひ老会」へ
「行きたいけれどもお金がなくて行けない」
という経済的に困窮しているひきこもり当事者の方々のために、11月22日(土)の第77回ひ老会へ来るための往復の交通費をお出しいたします。
ただし私たちも貧しい団体であり、資金源に限りがあるため、心苦しいのですがいろいろ条件をつけざるをえません。
ご希望の方は以下のリンク先に書いてある条件をよくお読みになったうえでお申込みください。

「ひ老会へ行ってみたいのだけど、お金がないので行けない」 というひきこもり当事者の方のために往復の交通費をお払いいたします。 希望者は以下の説明や条件などをよく読み、すべて同意したうえで、このフォームか....

2025年11月29日(土)鳥取県倉吉市で講演させていただきます。中高年のひきこもりを対象とした当事者会「ひ老会」を8年続けてきたなかで見えてきたものについてお話しさせていただく予定ですが、すでにたくさんご質問が来ているようなので、そちらへ...
06/11/2025

2025年11月29日(土)鳥取県倉吉市で講演させていただきます。
中高年のひきこもりを対象とした当事者会「ひ老会」を8年続けてきたなかで見えてきたものについてお話しさせていただく予定ですが、すでにたくさんご質問が来ているようなので、そちらへのお答えを優先いたします。

◆  演題「長期高齢化したひきこもりに周囲は何ができるか」
    ~ひきこもりと歳を重ねることについて考える~
◆  講師:ぼそっと池井多(ひきこもり当事者団体VOSOT主宰)
◆  日時:2025年11月29日(土)13:30~15:00
(休憩後、引き続いて「出張ひ老会 in KURAYOSHI」が行なわれます。「出張ひ老会」に関しては
https://www.facebook.com/events/1413702873067882/
をご覧ください。)

◆  場所:倉吉交流プラザ 視聴覚ホール
   (倉吉市駄経寺町187-1)
  JR山陰本線「倉吉」駅より3.2km 徒歩44分
  バス 倉吉駅バスターミナル2番より「市内線」(10分間隔)で約15分「パークスクエア北口」下車すぐ

◆  事前申込制:参加費無料
◆  申込締切:11月26日
◆  申込方法:
  以下のいずれかの方法でお申込ください。
  メール:[email protected]
  申込フォーム:https://bit.ly/3HyGqd8  
      またはチラシ中のQRコード
  FAX : 0857-30-1202
  郵便:680-0805 鳥取市相生町2丁目405
     とっとりひきこもり生活支援センター

  以下の内容をお書きください。
  ①氏名 
  ②住所または所属(差し支えない範囲で)
  ③電話番号 
  
◆ 録画配信サービスもあります。ご希望の方は以下のリンク先のフォームからお申込みをお願いいたします。
https://www.tottori-hikikomori.com/form-topics1178b

◆ その他お問合せ先:とっとりひきこもり生活支援センター
✉ [email protected]
☎ 0857-20-0222

住所

Nerima-ku, Tokyo
178

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