草津道(忠治)の石橋

草津道(忠治)の石橋 「草津道(忠治)の石橋」保存会は中野市竹原の草津道で国定忠治が渡っ?

02/01/2026

『 国定忠治の残した北信濃の痕跡』
は『高井』第二百六号(P37~P46)       発行→高井地方史研究会
に掲載されています。

「草津道(忠治)の石橋」保存会では石橋の案内石碑の設置と草津道の復元を行って1年が経ち除草を行いました。
29/07/2021

「草津道(忠治)の石橋」保存会では石橋の案内石碑の設置と草津道の復元を行って1年が経ち除草を行いました。

17/10/2020

10月15・16日と国定忠治の里を会長と事務局で訪ねました。(ビディオの後半でご案内しております。)行程は大戸関所跡・忠治地蔵(磔刑地)・岩櫃城跡・沼田城跡・忠治茶屋本舗・旅館忠治館・赤城大沼にある赤城神社・赤城山麓の鹿君・善応寺・養寿寺・長岡牧場・三室の勘助墓・三ツ木墓地(文蔵墓)・伊三郎の墓・新たに確認された本庄寶珠寺の平野家の墓地にある伊三郎の墓)

02/10/2020

10月1日より、信州中野ふるさと情報コニュニティー主催の『国定忠治の仕込みづえと道中合羽展』が中野陣屋県庁記念館で始まりました。

2020年10月1日信濃毎日新聞朝刊(信州なかの「中野陣屋県庁記念館」において10月1日~31日まで「国定忠治の仕込みづえと道中合羽展」が信州なかのふるさと情報コミュニティ-の主催により開催されます。)
30/09/2020

2020年10月1日信濃毎日新聞朝刊(信州なかの「中野陣屋県庁記念館」において10月1日~31日まで「国定忠治の仕込みづえと道中合羽展」が信州なかのふるさと情報コミュニティ-の主催により開催されます。)

「国定忠治の石橋」案内石碑除幕と信濃毎日新聞に掲載。2020-8-20
19/08/2020

「国定忠治の石橋」案内石碑除幕と信濃毎日新聞に掲載。2020-8-20

忠治が渡った石橋の案内石碑除幕と北信ロ-カル(地域紙)に掲載。
13/08/2020

忠治が渡った石橋の案内石碑除幕と北信ロ-カル(地域紙)に掲載。

11/08/2020

「草津道(忠治)の石橋」保存会により2020年8月に中野市大字竹原松崎1778-3番地先(八ヶ郷用水取入れ口付近)で国定忠治が渡ったと伝承される石橋の案内石碑の設置と草津道の復元が完成した。岩下忠春会長のもと、石橋近くの住人が中心となり「草津道(忠治)の石橋」保存会を結成して、中野市中野のチカラ応援事業補助金」三十万円と協力金十五万八千円を集め四十五万八千円で整備を行った。
 江戸時代の後期、国定忠治という侠客が度々信州中野に来ているといわれている。群馬県の大戸の関所破りをして磔刑になり、最期を遂げるいきざまが、後の人々の共感を得て、明治から平成の初期まで講談・映画などで人々に広く知られていた一人であった。1836 年(天保7年)国定忠治は信州なかの弟分の茅場長兵衛が博徒源七に殺され、仇討のため信州なかのに来ている。石橋の伝承については「国定忠治が残した北信濃の痕跡」『高井』第206号、高井地方史研究会、2019年に掲載されている。
近隣には2006年、農林水産省の疎水百選に選ばれた八ヶ郷用水取入れ口と分水タンクがある。
農林水産省によりウォーキングコースが案内されている。ホ-ムペ-ジ
http://kkk.la.coocan.jp/kusatudou.html

07/08/2020

来賓の皆様・報道関係者をお招きして除幕式が行なわれました。
ご協力頂いた皆様ありがとうございました。

住所

竹原1778-3先
Nakano-shi, Nagano
383-0007

アラート

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