門真地方政党「未来個人党」the future personal merchant party

門真地方政党「未来個人党」the future personal merchant party 門真市の地域政党(正確には大阪府任意団体・主義主張団体)として選挙管理委員会受理済。個人事業主の保護育成し、市会議員や市長を輩出目的。全国・全世界の呼応団体募集。 2017.7.16

日本国大阪府門真市の多様性担保かつ護憲保守の いわゆる地方政党・地域政党「未来個人党」結成!(正確には日本国政府地方自治体の大阪府庁内の大阪選挙管理事務所に登録受理済みの任意団体・主義主張団体)

2017.7.11、日本国大阪府の選挙管理委員会に受理されました。

保守革新に傾かず、門真市内の個人事業主を保護振興することを目的として門真市の個人事業主の実態を調査し、門真市政担当能力を養ったり、門真市議や門真市長を輩出したり、門真市の選挙活動をしたり、主義主張やニュース解説を全国や全世界にSNS他でWeb発信して共感を得ることを目的とする。

地方政党作りは、料金もなく、簡単に作れます。

財源も、政治資金として、会費や寄付金を集められ、また、二人から初められます。

年一回会計報告書の選挙管理委員会への提出が必要ですが、税理士さんなどに頼まなくても、党首か会計担当者が書いて、党首の名前と届け出のはんこで提出すればいいそうです。

共謀罪にこれも入れとくべきでしたネ(*´ω`*)
とーるちゃん

地方政党作りがブームになるかも。

あ、私は本業は、反宗教の半宗教家で、霊感師として祭壇を作ったり、除霊など宗教技術を用いますが、政治団体に於いて、宗教教義の実現を目的としなければ、政教分離に違反しないそうです。

脱サラ時より護憲保守の可能性を研究してきたが、2018.2.20に、護憲保守の概念はもちろん、護憲保守哲学が完成したので、旗幟を明らかにした。
多様性を担保にした平和憲法の護持である。
内政干渉はおろか、金融・経済・政治・軍事・外交・民間・個人・宗教・哲学・倫理・法制・思考回路いかなる他国自国他人自分による侵略をも禁ずる各国各民族独立自立自治の世界多様性保守憲法の制定を目指し、自他の交流は双方向の相互分析理論化仮説実験の繰り返したる自前哲学実践人生を担保する社会の永遠である。ゆえに鎖国やモンロー主義ではない。独善主義ではないのはお分かりか?私たちは相互に研究すべきであり、支配や占領や植民すべきではないのである。

水の合う、得意階層を異にする保守と革新が同盟し、別の保革同盟と対決する「保革同盟論」が持論。そして二つ以上の異なる糸の合意が政治である「まつりごと理論」が持論。また国民経済調整が内政の基本でありその世界人類的拡大が外交である。それは能動的納税階級である全能マルチたる個人事業主の市民的責任感の究極拡大なのである。納税者こそが天皇も政治も行政も司法も雇っている国主国父国母なのである。
納税とは奉仕の市民的表現である。奉仕すなわち尽くすこそが人類の本能であり、尽くせない人物がグレもし皮肉になり恨むイレギュラー人類である。このイレギュラーは本道ではなく、尽くすことが人類の本道大道である。ゆえに尽くせない人物の自立や尽くせないことの認知は治癒対象となる搦め手である。医療が本質的にイレギュラーである。ゆえに自立した自前哲学の体現者が社会の中枢を担い、分業世界観の者は搦め手を担うしかない。ゆえに個人事業主の復興が「急務であり、個人事業の温床である安定した夫婦関係の復興が急務であり、家族は自家哲学の拠点であり、それこそが人類の本質なのである。

地元出身の首相 幣原喜重郎は、外国も平和憲法にするつもりだったが、私は、外国は戦争憲法であっても構わない。お互いの多様性を侵害しなければよいだけだ。外国にも平和憲法の制定を促してはならない。外国には戦争を認め、日本には平和を認め、お互いの方針を侵略しないことだ。

本来、戦争は善なのか悪なのか、定義できない。善悪が仏教用語だからだ。
西洋と出会った日本には、正義が持ち込まれ、悪の対義語は正義になった。

しかし、法の正義とは何か法には定義は無いに等しい。西洋法制は、正義の概念をキリスト教の教義に依存する。正義はキリスト教用語だったのだ。

つまり、善と正義は宗教的には別のニュアンスなのだ。

正義の味方と、善人は違うでしょ?

つまり、善と正義は違うと気づき、その違いを認め、その違いを侵害しないことが多様性なのである。

これは宗教の違いを善悪や正義で判断しないことも含む。

では、アメリカ合衆国大統領が、政治に正義を持ち込むのは何か?アメリカ占領軍マッカーサーと自民党の幣原喜重郎が合意した日本国平和憲法に謳われる政教分離が、アメリカ合衆国にはないのか?

例えば、法の正義は司法だとしても、裁判官は、正義の定義はできない。法の正義に基づくだけだ。

行政が正義を主張したら、何か、奇妙に感じるが、実は、官僚の正義と、政治家の定義は異なる。

司法の正義も、法の正義とは、実は違うが、司法の正義は、法には書いてあるだろう。例えば、証拠主義などだ。

政治家の正義は汚職の禁止とかリベラルは言うが、実は論争の義務なのである。

官僚の正義は、論争であっては困る。正確性とか、不変性とか、均一性とか、であり、政治や市民に対する説明性もある。

では、公平性とゆう玉虫色の正義も、政治家、官僚、裁判官で、別の定義となる。

トランプ大統領が、公平性とか言ったらむしろ怖いだろう?
アメリカの政治家は選挙後も勝利を正義とする。そして敵が居ないと勝利もない。だからアメリカは永遠に勝利が必要である。ゆえにアメリカ合衆国は、敵も永遠に必要な国なのである。

政治家の正義は議場の公平性であり、議会の公平性ではない。選挙があるからだ。ましてや議事の公平性でもない。

ゲームのルールは公平でも、ゲームに於ける採点は実は公平であるべきであるが、しかしながら、ゲームの点数が公平であってはならない。
点数の結果が勝敗だからだ。

しかし、勝敗の結果も実は公平だ。議会で負けた方も議員のままだ。
議員でなくなるのは、選挙で負けたときだ。

公平性について、定義を分析すると、こんな感じだ。

では、官僚の公平性とは、議会も選挙にも由らない。

このような、正義や公平性の、職種による違いも、多様性として、保護しなければならない。

では、市民同士の正義や公平性の違いも多様性だろう?
国家同士の正義や公平性の違いも多様性だろう?

ゆえに、アメリカ合衆国大統領は、政治に正義を持ち込んではならず、ましてや、外交に正義を持ち込んではならない。
ましてや、日本の正義やアラブ諸国の正義は、欧米の正義とはっきり違うとわかりきっているのに、何をアメリカ合衆国はアジアに押し付けているのか?

唯一押し付けていいのは、多様性であっても、決して唯一性ではないのだ。

例えば、「平和」は宗教用語でしょうか?

実は平和は、外交用語でして、外交上の状態を表す単語です。もちろん他の産業分野でも微妙な定義に違いを以て使用されます。
宗教、哲学、倫理学、文学、心理学、これらはすべて人間関係学以外の何物でもありません。歴史や神話はむしろ政治に属するものです。
日本国平和憲法には、平和の定義はあります。国際紛争の定義がないだけです。
私は、国際紛争の定義も、本文で試みました。

住所

元町9-3カミツレ魔法喫茶
Kadoma-shi, Osaka
571-0057

営業時間

月曜日 04:30 - 06:30
火曜日 04:30 - 06:30
水曜日 04:30 - 06:30
10:30 - 14:30
木曜日 04:30 - 06:30
14:30 - 17:00
金曜日 04:30 - 06:30
10:30 - 14:30

電話番号

09066054445

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