08/06/2020
清里朝日ヶ丘牧場通りの牧柵
清里朝日ヶ丘牧場通りの景観の根幹をなすのが「牧柵」です
かつて寒冷地で土地が痩せていて土は酸性、耕すにも岩だらけ、大木の根っこだらけ、耕しても畑を潤す水源に乏しい
、と、開拓で入植した先人を悩ましていた土地でした
そこで先人達が選んだのが酪農
朝日ヶ丘地区は現在の入植者の先代はせいぜい入植70年少々
いまでこそ綺麗なメインストリートの牧場通りがありますが昭和40年頃まで国道141号と牧場通りの間の集落には水道がありませんでした。井戸も満足に当たらず遠くからの水くみが毎日の日課、ほんの50年少々前まで何か信じられません・・・
昭和40年を過ぎ高度経済成長期を迎え酪農も落ち着き、日本中が余暇を楽しむ余裕が生まれ単なる旅に満足せず付加価値を求めた中、酪農体験など牧歌的に長閑に過ごすレジャーとして各牧場が牧場民宿を併設してペンションブーム前の清里観光ブームが到来したと聞いています
その後今から25年少々前景気がグンバツにいい頃山梨県が丘の公園というレジャー施設の開発に乗り出した
それまで今の牧場通りの形は微塵もなかった森の中の林道(開拓道路)しかなかったところにそりゃ県の施設ができるならばと突貫工事で牧場通りが開通しました
時期を同じくして牧場通りの沿線の朝日ヶ丘地区は喧騒を逃れて家を建てた住民とか商売を始めた方、開拓民もどこか時代を先読みするセンスもあった方が多く、せっかく良い通りが集落のど真ん中を通るなら朝日ヶ丘地区の静かな杜の中牧場の中の牧歌的な景観環境を守ろうと先人の方達が起ち上がり、まずこの新しい通りを酪農景観というテーマに沿って景観維持向上活動をやろうとなりました
その先陣を切ったプロジェクトが酪農景観を醸し出そうと牧柵を張り巡らそうとなり、牧場、牧草地以外の観光施設、個人宅も地主がOKすればその沿線に同じデザインの牧柵を住民達の手で設置しました
その時「牧柵委員会」なるプロジェクトグループを「班」(自治会)の中に設置して活動を始めました
次第に牧柵以外の景観維持向上活動を開始し「景観委員会」として発展解消しました
私が移住した2005年から2,3年かけて総延長3kmほどの左右に設置された第一期牧柵も朽ち始めたりしたので牧柵の横板の交換作業が始まりました
幸い杭は農業廃棄のマルチ(ビニール)シートの再利用の樹脂の杭を使っていたためそれはそのまま利用ができた
県の緑化基金などの補助金もいただきながら今の牧柵が続く酪農景観へと繋がったのでした
この画像の中にある平成19年と28年には県から景観維持向上活動を表彰していただくなどとても励みになりました
そんな先人達が始めた酪農景観を維持向上する活動の結果を少しでも感じていただきながら清里朝日ヶ丘牧場通りを車で通る際も是非ゆっくりと景観を楽しみながらお通りください