かぶらこさん(志摩の国一宮伊射波神社)

かぶらこさん(志摩の国一宮伊射波神社) 志摩の国一宮の伊射波神社 加布良古大明神が合祀されていることから地?

(このページはかぶらこさんの公式ページではありません。あくまでもかぶらこさんのファンとして立ち上げておりますのでご了承を!)
三重県の東端、伊勢志摩国立公園内の鳥羽市安楽島町。
その北東の端に突き出たカブラコ岬。その深い森の中に「かぶらこさん」はひっそりと鎮座している。
安楽島の村落から歩いて、いくつかの小山を越え、20分ほど森を進むと「大浜」という小さい浜..にたどり着く。
その浜に海からの参拝者を迎える小さな鳥居が海に向かって開いている。
まるで来るものを拒むかのような人里離れた山の中の小さな神社であるが、とてつもない秘めた神の力を感じる社である。
縁結びの神様でもある。

鎮座地 三重県鳥羽市安楽島町字加布良古1020

社 格 旧無格社 志摩国答志郡の式内社・粟嶋坐伊射波神社二座(並大)

御祭神 稚日女尊(わかひめのみこと)
    伊佐波登美尊(いさわとみのみこと)
 

   玉柱屋姫命(たまはしらやひめのみこと)
    狭依姫命(さよりひめのみこと)

神 紋 花菱

建築物 本殿:木造神明造 0.5坪 拝殿:12.5坪 篭堂:20坪

鳥 居 3基

氏 子 212戸 その他、全国に多数の崇敬者あり

例祭日 明神祭 7月7日に近い日曜日
    大漁祈願祭、勤労感謝祭 11月23日
造 営 20年目ごと

歴代宮司 小池十内→中村斎輔→中村斎太郎→中村英弥→中村文雄

11月23日は御魚取神事(みととりしんじ)が執り行われます。
20/11/2021

11月23日は御魚取神事(みととりしんじ)が執り行われます。

毎年11月23日、三重県鳥羽市安楽島町の伊射波神社(通称かぶらこさん)では、大漁祈願際として御魚取神事が行われます。神殿前に広げられた漁網に漁師が魚や伊勢海老を投げ入れ「大漁~大漁~」と掛け声をかけるユー.....

令和2年11月23日の御魚取り神事伊勢新聞トップに載せていただきました。
24/11/2020

令和2年11月23日の御魚取り神事
伊勢新聞トップに載せていただきました。

03/01/2020

伊勢国で祀られていたもう一つの「加布良古神社」

(この項は、安楽島という小さい村の中での小字名が出てくるので全国の方にはわかりにくいですがご了承を)

古代から中世にかけて、加布良古崎の北側(祝手(いわて)や安久志(あくし))は、伊勢国の領海でありその南側は志摩国と、しっかり区別されていました。

安楽島では、今でもこの北側を「カミ(上)」と呼んでいますが、これはその名残でありましょう。

この神社は、加布良古崎の北側の「祝手」という所に祀られ、そのご祭神は、倭姫命(やまとひめのみこと)と倉稲魂命(うがのみたまのみこと)の二柱でありました。

「祝手」とは、神(御食神[みけつかみ])を祭祀する祝い手がいたから贈られた地名であり、その昔、倭姫命が天照大神の御贄処(贄)を、この地方(鳥羽湾)に定めた折に、「祝戸」として設置されています。

ところが、この神社も、戦国の世以来に起きた地震と津波によって社地を失ってしまいました。

社地跡は定かではありませんが、「一の島」の磯あたりだったことでしょうか。

その為に、村人らが、加布良古崎の南側の麓に、新たに社地を設けて社を建て、長藻地の神乎多乃御子神社のご祭神と共に、本社(伊射波神社・太明神)の末社(加布良古神社)としてお祀りしなおしていました。

(志摩国の一の宮 式内 伊射波神社 豆知識 刊行:安楽島氏子会)より

30/12/2019

狭依姫命(さよりひめのみこと)

神話によれば、天照大神と素盞鳴尊(すさのおのみこと)が、おたがいに誓約して、天の安河(天の川)をはさんで相対し、天照大神が素盞鳴尊の腰に帯びている十拳の剣を取り、これを三つに折り、天の真名井の水ですすぎ、のち噛み砕いて勢いよく吹き出した。
この息が霧となって散るときに生まれたのが、奥津島比売命、市杵島比売命、多岐津比売命です。

この三女神は、宗像三神といわれ、宗像神社(福島県:と書いてあるがおそらく福岡県の間違い)や厳島神社(広島県)などが、この女神をお祀りしているのですが、市杵島比売命の別名を狭依姫命といいます。

安楽島の長藻地(ながもぢ)にお祀りされていた神乎多乃御子神社の祭神、狭依姫命の御神体(石体)は非常に古く、コンピューターの画像解析によって碑石を解読された池田仁三氏(昭和三七年防衛大学校卒、陸上自衛隊勤務、平成4年退官後、日本全国各地の数多くの墓碑や宮跡碑の碑石を解読する。その道の第一人者。伊勢市在住)は、1200年は降らないものと言いきり、なお且つ、一度海底に百年ほど没していた時期があり、その後拾い上げられ、再び神名を刻みなおした痕跡があるとおっしゃってます。

とすればこの女神も、平安時代の初期か、或いは奈良時代には、既に航行安全の神様としてお祀りされていたのでしょう。

この祭神がお祀りされていた長藻地は、戦国の世以来の、地震、津波によって海底に沈んでいましたが、この漁礁には、今でも「上の口」、「下の口」と参道入り口の呼称が残されています。

海図には、長藻瀬という漢字が当てられていますが、地元の呼称は長藻地であり、おおよそ「地」のつく場所には神霊が宿るとされています。
この島(現在は磯)も、本来は「ナガモノ(長物)」から来ているのだと思われます。
ナガモノとは、神様のお使い(あるいは神様)といわれる白蛇のことを指します。
そして、このお使いを、みだりに蛇とはいわず、「ナガモノ」とか「シロナガ」と呼んでいたのです。

答志島にある岩礁の小築海の神様も、真の祭神は白髭明神なのですが、通称はナガモノであり、それを尊び敬っているのと同様のことでしょう。

安楽島の伝承に、沖の島方面から長藻地を伝って、加布良古崎に白蛇が渡って行ったことが多々あるのは、そこに神社があったからなのです。

(志摩国の一の宮 式内 伊射波神社 豆知識 刊行:安楽島氏子会)より

29/12/2019

神乎多乃御子神社(かむおたのみこじんじゃ)

(この項は、安楽島という小さい村の中での小字名が多く出てくるので全国の方にはわかりにくいですがご了承を)

古代において、加布良古と呼称するときは、現在よりも遥かに広く、字高山方面(藤田マンション方面)までを指していました。そして、その最も古い呼び方は、「オダ(乎多または尾田)と呼ばれ、現在あるシャープ電気の保養所(今は廃墟)の下の、小字名「オダ谷」がその名残を留めています。
そして、神が祀られていたこの「オダ」の外峰(岬の方)を時に「カムオダコ(神乎多子)」と称していたのです。
「カブラコ」は、その転訛でありましょう。
もちろん、加村子とか加布良古などの漢字が当てられたのは、後世のことであり、「神名帳」に登載された神乎多乃御子神社も、敬意の強い尊敬の「御」の字を入れただけのことであり、実際は、加布良古神社のことを指しているのです。
この神社は、伊射波神社の神領となる「長藻地(ながもぢ)」に、本社の末社としてご鎮座されていましたが、残念ながら戦国の世に(大地震大津波で?)崩落し、元は碧(みどり)ある小島も海底(1.8メートル)に没してしまいました。
そのご祭神は、「狭依姫命(さよりひめのみこと)」(石体)であり、現在は、本社である伊射波神社に合祀されています。

(志摩国の一の宮 式内 伊射波神社 豆知識 刊行:安楽島氏子会)より

27/12/2019

玉柱屋姫命(たまはしらやひめのみおと)

「倭姫命世紀」には、、天孫瓊々杵命(てんそんににぎのみこと)の重臣であり、水の神として崇敬された天牟羅雲命(あめのむらくものみこと)の裔(子孫)で、神武天皇の詔により、伊勢の国を平定した功績を持つ天日別命(あめのひわけのみこと)の子と記されています。
中世まで、伊雑宮のご祭神とされていましたが、明治になって、伊射波神社(加布良古崎)でもお祀りすることになりました。

(志摩国の一の宮 式内 伊射波神社 豆知識 刊行:安楽島氏子会)より

26/12/2019

伊佐波登美尊(いさわとみのみこと)

第11代垂仁天皇の皇女である倭姫命(やまとひめのみこと)が、天照大神(あまてらすおおみかみ)の御魂(みたま)を伊勢神宮(内宮)にご鎮座させたおり、志摩の国の豪族であった伊佐波登美尊(いさわとみのみこと)は、これを奉迎してご鎮座に尽力し、さらには、志摩の国の新田開発にも力を注いだと伝えられています。
もとは「大神宮神祇本記」と号し、改編に改編を重ねて鎌倉期(あるいは平安期か)に成立した「倭姫命世紀」によれば、伊佐波登美尊の神宮は、磯部の伊雑宮の祭神とされていました。
けれども、志摩の国の盟主ともいえる尊は、広く崇敬され、安楽島の伊射波神社本宮(贄遺跡:今のエクシブ鳥羽アネックスのあたり)にもお祀りされていたのです。
のち、大歳神と号された伊佐波登美尊は、伊射波神社本宮(贄遺跡)の衰退と共に、加布良古崎の伊射波神社に遷座されました。

(志摩国の一の宮 式内 伊射波神社 豆知識 刊行:安楽島氏子会)より

明日11月23日は御魚取神事です。
22/11/2018

明日11月23日は御魚取神事です。

毎年11月23日、三重県鳥羽市安楽島町の伊射波神社(通称かぶらこさん)では、大漁祈願際として御魚取神事が行われます。神殿前に広げられた漁網に漁師が魚や伊勢海老を投げ入れ「大漁~大漁~」と掛け声をかけるユー.....

先日の御魚取神事のショートムービーができました。当日の雰囲気をお楽しみください。
25/11/2017

先日の御魚取神事のショートムービーができました。
当日の雰囲気をお楽しみください。

毎年11月23日、三重県鳥羽市安楽島町の伊射波神社(通称かぶらこさん)では、大漁祈願際として御魚取神事が行われます。神殿前に広げられた漁網に漁師が魚や伊勢海老を投げ入れ「大漁~大漁~」と掛け声をかけるユーモラスな神事。 神事のあとは豪快に丸焼きにされた魚が振舞われます。

23/11/2017

CBCテレビさんで取り上げていただきました。

祝日の23日、三重県で、こんな神事が行われました。 大きな掛け声とともに次々と投げられていく魚。 三重県鳥羽市安楽島町で、江戸時代後期から続くと言われる「御魚取り神事(みととりしんじ)」です。 「大漁の魚が網にかかりますように」という漁師たちの願いが込められた神事ですが、そのユニークな光景に観光客は、 「すごく素...

22/11/2017

渥美半島の先端にある「伊良湖」と「加布良古」は双方共に珍しい名であるが、語尾に「ラゴ」をもっていることが共通している伊良湖は「浪のイライラする門戸」の意味であろう。
 しかし伊良湖は古代にあっては必ずしも渥美半島のイラゴのみならず「神島あたりも指し」、「イラゴと答志島との間」即ち神島を含めて「イラゴの渡りと云う」と云われている。
 これを併せ考えると加布良古も潮流がはげしく、「イライラする門戸」にあたる。
 そこで「上イラゴ」又は「神イラゴ」と云い、それがつまってカブラコとなったものではないか。
 両説とも確証はなく私の臆説である。
(昭和45年10月15日発行「安楽島風土記」浜口良光著より)

明日23日は、かぶらこさんで午前10時より御魚取神事が執り行われます。

住所

安楽島町1020
Toba-shi, Mie
5170021

ウェブサイト

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